花人学とは、真島あみが独自に体系化した、植物の生態から女性の生き方を紐解く人生哲学です。
そして貴女は花人学を学ぶ《花人学研究員》です。
植物は何億年もの歳月をかけて、美しく生きる術を磨いてきました。
私はその姿の中に、女性がもっと自由に、もっと幸福に咲くための法則があると考えています。
このシリーズでは、人生・恋愛・仕事・自己愛・色気・香り・暮らしなど、あらゆるテーマを植物という視点から考察し、「花人学」という一つの思想を育てていきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人生とは何のためにあるのでしょうか。
幸福になるためでしょうか。
成功するためでしょうか。
愛されるためでしょうか。
私は長い間、この問いを考え続けてきました。
人生には嬉しいこともあります。
胸がいっぱいになるほど幸せな日もあります。
しかしそれと同じくらい、涙が止まらない日もあります。
「どうして私だけ。」
「なぜこんなことが起こるのだろう。」
そう思いながら眠れない夜を過ごしたことも一度や二度ではありません。
だからこそ私は人生を考えるようになりました。
そして今、一つの答えに辿り着いています。
ここでいう美とは、綺麗な景色や美しい容姿だけのことではありません。
悲しみの中にも美があります。
怒りの中にも。
嫉妬の中にも。
絶望の中にも。
私は美とは「出来事」ではなく、「その出来事をどう見つめるか」だと思っています。
どんな出来事が起きても、私はこう問いかけます。
「この出来事の中にある美しさは何だろう?」
最初は分からなくても構いません。すぐに答えが出なくてもいいのです。
ただその問いを持ち続けるだけで、人生は少しずつ姿を変えていきます。
植物も同じです。
雨の日になると私たちは、「せっかく咲いた花がかわいそう。」と思ってしまいますが、植物にとって雨は命を育てる水です。
花びらは濡れます。
風に揺れます。
時にはうつむくこともあります。
それでもその雨は土へと染み込み、根を潤し、次に咲く花の力になっています。
植物は晴れの日だけでは生きていけません。
雨の日があるからこそ根は深く伸び、花はより美しく咲いていくのです。
私たちも同じではないでしょうか。
悲しい出来事があったから、人の痛みに気付けるようになった。
孤独を知ったから、一人の時間を愛せるようになった。
失敗したから、自分を過信しなくなった。
あの頃は「最悪だ」と思っていた出来事が、振り返ると人生の転機になっていた。
そんな経験は誰にでも一つはあるでしょう。
植物は自分の身に起きた出来事を良い悪いで判断しません。
与えられた環境を受け入れ、そのすべてを命へと変えていきます。
散った葉も。
枯れた花も。
虫に食べられた傷さえも無駄にはしません。
私はこの姿に人生の本質があるように思うのです。
だから私は、どんなに苦しい出来事があっても「この経験もきっと私の養分になる。」と決めています。
もちろん、悲しいものは悲しい。
苦しいものは苦しい。
涙だって流れますが、その涙が根を育てていると知っているので、絶望だけでは終わらないのです。
そして花人学ではもう一つ大切にしていることがあります。
人生は待つものではありません。
花は蝶を追いかけません。
自分の色を育てます。
香りを放ちます。
蜜を満たします。
するとその花に必要な送粉者が自然と訪れます。
人生も同じです。
恋愛も。
仕事も。
豊かさも。
「早く来てほしい。」と願うだけではなく、自分という花を育てる。
その積み重ねが人生を少しずつ動かしていきます。
人生とは、どれだけ多くのものを手に入れたかが重要なのではありません。
どれだけ深く人生を味わえたか。
どれだけ多くの出来事を養分へと変えることができたか。
どれだけ自分らしく咲くことができたか。
その積み重ねが、私たちだけの人生になります。
だから今日もし思い通りにならないことがあったなら、すぐに人生を否定しないでください。
今、貴女の人生に降っている雨は、きっと見えないところで根を育てています。
花は一日では咲きません。
私たちも同じです。
人生とは、美を味わい、すべてを養分にして咲き続ける旅。
私はそのように考えています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このシリーズでは、植物の生態を通して女性の生き方や人生を考察しています。
一記事ずつ積み重ねながら「花人学」という一つの思想を育てています。
過去の記事もぜひお楽しみください。
🌹花人学一覧はこちら↓