真島あみオフィシャルブログ
21世紀的魔女論

シーズン2第5話 言葉という蜜


真島あみの世界へようこそ。

はじめてこの世界に訪れた方はこちらをご覧ください → 🪷

🌹・・・・・・・・・・・・・・・・・・・🌹

募集中のセッションはこちら

お申し込みはこちらから

真島あみの真骨頂🌹永遠に色褪せない“褒め言葉”という美容液

インスタグラムもしています🙌

@amimajima で検索してくださいね。

澪は昔から言葉が好きだった。

本を読むことが好きだった。

静かなカフェでページをめくる時間が好きだった。

誰かの書いた一文に、自分でも気づいていなかった感情を言い当てられる瞬間が好きだった。

言葉は澪にとってずっと逃げ場所だった。

誰にも言えない気持ちを抱えた夜、職場で何気なく言われた一言に傷ついた日。

好きだった人が、自分ではない誰かの隣で笑っているのを見た帰り道。

澪はいつも本の中へ逃げた。

誰かが書いた物語の中で、誰かの痛みを借りて、自分の痛みを少しだけ薄めてきた。

けれど魔女に出会ってから、澪は少しずつ思うようになっていた。

私は読むだけでいいのだろうか。

誰かの言葉に救われるだけで、自分の中にあるものをずっと閉じ込めたままでいいのだろうか。

澪の部屋には白い表紙のノートがある。

最初はただ魔女の言葉を書き留めるためのものだった。

花人とは花のような女性ではなく、花そのものとして生きる女性のこと。

この世は地獄である。しかし、だからこそ美も存在できる。

花は送粉者を追いかけない。

蜜を育てなさい。

魔女の言葉はどれも澪の胸の奥に深く残った。

忘れないように、こぼさないように、何度も読み返せるように、澪はその言葉を丁寧にノートへ写していた。

しかしいつの間にか、ノートには魔女の言葉だけではなく澪自身の言葉も増えていた。

朝、駅まで歩く途中に見た花のこと。

職場の窓から見えた曇り空のこと。

百合を部屋に飾った夜、いつもの部屋がほんの少し清らかに見えたこと。

佐伯の妻が妊娠したと知った日、自分の中に湧き上がった黒い感情のこと。

そしてその黒さの奥に、まだ自分は人生を諦めたくないのだという小さな火が残っていたこと。

澪はそれらを少しずつ書くようになっていた。

最初はただの記録だった。

しかし書いているうちに、その言葉たちは少しずつ形を変えていった。

愚痴だったものが祈りになり、恨みだったものが輪郭を持った。

孤独だったものが、静かな白い花のように見えてきた。

書くたびに、澪は不思議な感覚を覚えた。

自分の中に重く沈んでいたものが、言葉になることで少しずつ透き通っていく。

まるで黒い土の中に落ちたものが、時間をかけて蜜へ変わっていくようだった。

澪には誰にも教えていない小さなブログがあった。

もう何年も前に作った、匿名の読書ブログだ。

タイトルにも特別な意味はない。

読んだ本の感想。訪れたカフェの記録。雨の日に思ったこと。好きだった一文。

そんなものを月に一度書くか書かないか。

誰かに読んでもらうためではない。むしろ誰にも見つからないことに安心していた。

けれど完全な日記でもなかった。

鍵をかけた場所ではなく、ほんの少しだけ外へ開かれた場所。

澪にとってそのブログは、世界の片隅に置いた小さな白い箱のようなものだった。

大切なものを入れておく。しかし誰かが偶然見つけることもある。

見つけてほしいわけではない。けれど絶対に見つけてほしくないわけでもない。

そんな曖昧な気持ちを置いておける場所だった。

その日、澪は仕事で小さな失敗をした。

大きな問題ではなかったが、同じ部署の若い女性に軽い調子でこう言われた。

「白石さんって時々ぼんやりしてますよね。」

悪意があったのかどうかは分からない。

きっと相手にとってはただの何気ない一言だったのだろう。

しかし澪の胸にはその言葉が小さな棘のように刺さった。

時々ぼんやりしている。昔からそう言われることがあった。

おっとりしている。反応が遅い。もっとはっきり言えばいいのに。何を考えているのか分からない。

そのたびに澪は自分の静けさが欠点のように思えた。

もっと明るく。もっと機転が利いて。

もっと場を盛り上げられて。もっと分かりやすい人間でいられたら。

そうすれば、自分はもう少し愛されやすかったのではないか。

選ばれやすかったのではないか。必要とされやすかったのではないか。

夕方、職場を出る頃には澪の心は少し曇っていた。

駅までの道を歩きながら何度もその一言を思い出した。

ぼんやりしてますよね。

ただの一言。

しかし、その一言は澪の中の古い傷を器用に探し当ててしまった。

家に帰ると澪は部屋の灯りをつけた。

机の上には数日前に買った百合がある。

花弁は少し開き、香りは最初の日よりも深くなっている。

澪はその前に座りしばらく黙って花を見ていた。

百合は急がない。

誰かに急かされたとしても、自分の速度で開いていく。

澪はノートを開いた。

そして今日言われた言葉を書いた。

澪さんって、時々ぼんやりしてますよね。

書いた途端胸が少し痛んだ。

その下に、澪はゆっくりと言葉を続けた。

私は本当にぼんやりしているのだろうか。

それとも私は、人より少し長く、感じているだけなのだろうか。

ペンが止まった。

自分で書いたその一文に澪は少し驚いた。

人より少し長く、感じている。そう考えたことはなかった。

自分の反応が遅いのは鈍いからだと思っていた。

すぐに言い返せないのは弱いから、その場でうまく笑えないのは未熟だからだと思っていた。

けれど、もしかすると。

自分はただ、感じたものをすぐには言葉にできないだけなのかもしれない。

人の言葉の奥にある温度や、空気の変化や、目には見えない小さな揺れを、少し深く受け取ってしまうだけなのかもしれない。

澪はさらに書いた。

私はぼんやりしているのではない。

私は世界をすぐに飲み込めないだけ。

一度心の中に置いて、光を当てて、影を見て、ようやく言葉にできるだけ。

書いているうちに、その日の痛みが少しずつ別のものに変わっていくのが分かった。

傷ついた事実は消えない。

けれどその傷をそのまま放置するのではなく、言葉にして見つめることで、澪は自分を少しずつ取り戻していった。

誰かの一言で自分を決めつけなくていい。

誰かの雑な表現に自分の花の名前を奪わせなくていい。

澪はペンを握り直した。

そしてノートのページいっぱいに、ひとつの短い文章を書いた。

私はすぐに咲けない花だった。

人より遅いのだと思っていた。
人より弱いのだと思っていた。
人より鈍いのだと思っていた。

でも本当は、私は時間をかけて香りを作る花だったのかもしれない。

言葉にできない夜があった。

笑えない日があった。

人の輪の中で、ひとりだけ少し遠くにいるような時間があった。

そのすべてを私は失敗だと思っていた。

けれど今は少しだけ思う。

あの静けさの中で、私は蜜を作っていたのかもしれない。

誰にも見えない場所で、誰にも褒められない時間に、私の中で何かが熟していたのかもしれない。

私は遅れていたのではない。

私は育っていた。

書き終えた時、澪はしばらく動けなかった。

自分が書いた文章なのに、自分ではない誰かから手紙を受け取ったような気がした。

澪はそのページを何度も読み返す。

胸の奥に静かな甘さが広がっていく。

これは何だろう。

慰めとは少し違う。自分を甘やかす言葉でもない。

痛みの奥から染み出してきた、小さな蜜のようなもの。

澪はふと魔女にこの文章を見せたいと思った。

そう思った瞬間に恥ずかしさが込み上げる。

見せるなんてとんでもない。これは日記のようなものだ。

誰かに読ませるようなものではない。

それに、こんな文章を読んで魔女は何と思うだろう。

幼いと思うだろうか。大げさだと思うだろうか。自分に酔っていると思うだろうか。

澪はノートを閉じかけた。

しかしその手が止まる。

魔女の声が胸の奥で聞こえた気がした。

――貴女の中にある蜜を、腐らせてはなりません。

翌日の夕方、澪は秘密の花園へ向かった。

日が落ちる前の空は薄い菫色をしていた。

黒い鉄の門をくぐると、花園の中には湿った土と甘い花の匂いが満ちていた。

温室の中では魔女が待っていた。

いつもの黒いドレス。白い肌。古い物語の中から抜け出してきたような美しい佇まい。

澪は椅子に座るとしばらく言い出せずにいた。

魔女は紅茶を注ぎながら何も急かさなかった。

その沈黙が澪にはありがたかった。

やがて澪はバッグからノートを取り出した。

「あの……昨日、文章を書いたんです。」

魔女は目を細める。

「まあ。」

「誰かに見せるようなものではないんです。ただ、職場で言われた言葉が少し刺さって、それを書いていたら、こうなって……」

澪は自分でも何を説明しているのか分からなくなった。

頬が熱い。手が少し震える。

ノートを差し出すことが、自分の中の一番柔らかい場所を差し出すことのように思えた。

それでも澪はページを開き魔女の方へそっと向けた。

魔女は受け取る前に一度、澪を見た。

「読んでもよろしいのですね?」

その確認に澪は胸を突かれた。

魔女は、澪の言葉を勝手に覗き込もうとはしなかった。

澪が差し出すまで待っていた。

「はい。」

澪が頷くと、魔女は両手でノートを受け取った。そしてゆっくりと読み始める。

温室の中に静けさが落ちた。

外では葉が揺れている。

どこかで水が小さく流れる音がする。

澪は魔女の表情を見たいような見たくないような気持ちで、膝の上の手を見つめていた。

読み終えると、魔女はしばらく何も言わなかった。

その沈黙が長く感じられて澪は不安になった。

やっぱり、変だったのだろうか。見せるべきではなかったのだろうか。

そう思った時、魔女が静かに言った。

「澪さん。」

「はい。」

「これは、蜜です。」

澪は顔を上げた。

魔女はノートを閉じず、そのページに指先を添えていた。

「とても静かで、まだ少し震えていて、しかし確かに甘い蜜です。」

澪の目に涙が滲む。

「こんなものが、蜜なんですか?」

「ええ。」

魔女は迷いなく頷いた。

「蜜とは、明るく楽しい言葉だけではありません。人を元気づけるために整えられた、綺麗な言葉だけでもない。本当の蜜は、痛みの奥から出てくることがあります。」

魔女は澪のノートをそっと撫でるように見た。

「傷ついた場所をすぐに閉じたり、なかったことにしたりせず、貴女自身の眼差しで見つめた時。そこから滲み出てくるものがある。それが言葉という蜜です。」

澪は胸がいっぱいになって何も言えなかった。

魔女は続けた。

「貴女は昨日、誰かの一言で傷ついた。しかしその傷に飲み込まれなかった。相手を恨むだけでもなく、自分を責めるだけでもなく、その痛みを貴女自身の言葉へ変えた。これは美の選択です。」

美の選択。

その言葉にこれまでの魔女の教えが重なった。

この世は地獄である。しかしだからこそ美も存在できる。

すべての出来事は養分にできる。

澪はようやく少しだけ分かった気がした。

養分にするとはただ前向きに考えることではない。傷つかなかったふりをすることでもない。

悔しさも、悲しさも、恥ずかしさも、一度ちゃんと自分の中に受け入れて、そこから何かを育てることなのだ。

魔女はノートを澪へ返した。

「澪さん。貴女はこれを外へ出してみるとよろしいでしょう。」

澪は驚いた。

「外へ、ですか?」

「ええ。」

「誰かに見せるということですか?」

「そうです。」

澪は慌てて首を振った。

「無理です。こんなの恥ずかしいです。誰かに読まれると思うと怖いです。」

「怖いでしょうね。」

魔女はあっさりと頷いた。

「蜜を外へ出すとは、怖いことです。」

「だったら……」

「しかし、蜜は花の中に閉じ込めておくだけではいずれ重くなります。」

澪は言葉を失った。

魔女は静かに続けた。

「誰にも渡さない蜜は、花を満たすこともあります。それも大切です。しかし貴女の中には、もう外へ出たがっている蜜がある。それを永遠に隠し続けると、今度は貴女自身が苦しくなるでしょう。」

澪はノートを抱きしめるように持った。

「でも、どこに出せばいいのでしょう?」

魔女は少し首を傾げた。

「貴女には、何か小さな場所はございませんか?」

「小さな場所……」

「ええ。大勢に見せるための場所ではなく、貴女が貴女の言葉をそっと置いておける場所です。」

澪はその時ふと思い出した。あの匿名の読書ブログ。

誰にも教えていない、世界の片隅に置いた小さな白い箱。

「あ……あります。」

「では、そこへ。」

「でも読書ブログなんです。本の感想とか、カフェのことしか書いていなくて。こんな自分のことを書くのは、少し違う気がして……」

魔女は静かに微笑んだ。

「読書とは、誰かの言葉を通して自分の奥へ降りていく行為でもあります。ならばその場所に貴女自身の言葉が置かれることは、それほど不自然ではありません。」

澪は黙って聞いていた。

「最初から多くの人に届かせようとしてはなりません。」

魔女は言った。

たくさん読まれなくていい。上手だと思われなくていい。すぐに何かに繋がらなくていい。

ただ自分の中にあるものを、自分の言葉として外へ出してみる。

それが次の一歩なのだ。

その夜、家に帰った澪は机の前に座った。

百合は昨日より少し開いていた。部屋には深い香りが漂っている。

澪はパソコンを開き、匿名の読書ブログにログインした。

前回の記事は三か月前だった。

雨の日に読んだ小説の感想。

アクセス数はほとんどない。コメントももちろんない。

澪は新しい記事の投稿画面を開いた。

真っ白な入力欄がこちらを見返しているようだった。

そこに昨日の文章を少しだけ整えて打ち込んだ。

何度も消した。何度も直した。やっぱりやめようと思った。

こんな文章を載せてどうするのだろう。

誰にも読まれなかったら恥ずかしい。読まれても恥ずかしい。

知っている人に見つかったらどうしよう。自分語りだと思われたらどうしよう。

胸の中でたくさんの声が騒いだ。それでも澪は最後まで消さなかった。

記事の最後に、短く一文を添えた。

遅れていたのではなく、育っていた。

その言葉を見た瞬間、澪は指先が震えた。

これは昨日の自分に渡す花束のような言葉だと思った。

澪はしばらく画面を見つめ、そして深く息を吸った。

投稿する。

その小さなボタンを押すだけで心臓が強く鳴った。

誰かに告白するよりも、もっと裸に近いことをしている気がした。

けれど同時に、どこか清々しかった。

澪はパソコンを閉じる。すぐに確認するのが怖かった。

そのまま台所へ行き紅茶を淹れた。

お湯が沸く音を聞きながら、澪は自分の胸に手を当てた。

ただ言葉をひとつ外へ出した。それだけ。

しかし澪にはその“それだけ”が、とても大きなことのように思えた。

花が初めて蜜を外の空気に触れさせた。

そんな感覚だった。

その夜、何も起こらなかった。翌朝も通知はなかった。

昼休みにそっとブログを開いてみたけれど、コメント欄は空白のまま。

澪は少しだけほっとして、少しだけ寂しかった。

読まれたら怖い。しかし誰にも読まれないのも、少し寂しい。

その矛盾に気づいて澪は苦笑した。

私は見つかりたくなかったのではない。雑に見つけられるのが怖かったのだ。

本当は、ふさわしい誰かにはそっと見つけてほしかったのかもしれない。

それから数日、澪はいつものように過ごした。

朝起きて、支度をして、職場へ行く。仕事をする。

帰り道に花屋の前を通り、白い花を少しだけ眺める。

家に帰り百合の水を替える。

ノートを開いて短い言葉を書く。

ブログのことはなるべく考えないようにしていたが、時々胸の奥で小さな不安が疼いた。

誰も読んでいないのかもしれない。

やっぱり、出すべきではなかったのかもしれない。

そもそも私の言葉なんて誰にも必要とされていないのかもしれない。

そのたびに澪は魔女を思い出した。

たくさんの蜂を集めることが花の価値ではない。

たったの一匹も来ない日があっても、花は花であることをやめない。

三日後の夜。

澪は何気なくブログを開いた。

記事の下に小さな印がひとつ付いていた。

拍手だった。

誰が押したのかは分からない。名前もない。言葉もない。

ただ、小さな拍手の印がひとつ。

澪はその画面を長いあいだ見つめた。

たったひとつ。

けれどそのひとつは、澪の中で育てた蜜に、誰かがほんの少し触れてくれた証のように思えた。

胸の奥がふわりと温かくなった。

誰かが読んだ。誰かが、あの言葉の前でほんの一瞬でも手を止めた。

それだけで澪の世界は少し広がった。

その夜、澪はノートを開いた。

誰かが触れてくれた。

名前も知らない誰かが、私の小さな蜜に、ほんの少し触れてくれた。

書いているうちに、目の奥が熱くなる。

それは大きな成功ではない。誰かに褒められたわけでもない。

もちろん人生が変わるような出来事でもない。

しかし澪には、その小さな拍手がとても大切なものに思えた。

さらに数日後。

仕事から帰って夕食を済ませたあと、澪はまたブログを開いた。

新しい通知がひとつ届いていた。

コメントだった。

澪は一瞬、息を止めた。怖かった。

読みたいのに怖い。嬉しいのに怖い。

誰かが自分の言葉に触れたという事実が、こんなにも心を震わせるものだとは思わなかった。

澪はゆっくりとコメントを開いた。

そこには、短くこう書かれていた。

――「遅れていたのではなく、育っていた」という言葉が今の私に必要でした。

澪は画面を見つめたまま動けなかった。

たった一文。けれどその一文は澪の胸の奥にまっすぐ届いた。

今の私に必要でした。

誰かが受け取った。

自分の中で生まれた小さな蜜が、知らない誰かのところへ届いた。

涙がこぼれた。それは悲しい涙ではなかった。

嬉しいという言葉だけでも足りなかった。

もっと深いところから、何かが静かにほどけるような涙だった。

私は何も持っていないわけではなかった。

私の中にも誰かに届くものがあった。

澪は画面を閉じずに、しばらくそのコメントを見つめていた。

たくさん読まれたわけではないし有名になったわけでもない。

しかしたった一滴の蜜が、たった一人に届いた。

その事実だけで、澪の中の何かが静かに変わった。

澪はノートを開いた。

そして震える手で書いた。

私の中にも蜜があった。

それは誰かの喉を潤すほど大きなものではないかもしれない。

でも、たった一滴でも届くことがある。

ならば私は、これを育ててみたい。

書き終えると、澪は百合を見た。

白い花が部屋の中で静かに香っている。

百合は何も言わない。ただ咲いている。ただ香っている。

ただ、自分の中にあるものを外へ放っている。

澪はその姿を見て初めて思った。

言葉も香りなのかもしれない。

花が香りで自分を知らせるように、人は言葉で自分の内側にあるものを知らせる。

自分の奥から出てきた本当の言葉は、きっとどこかでふさわしい誰かに届く。

その夜、澪は眠る前にもう一度ブログを開いた。

拍手はひとつ。コメントもひとつ。

けれどそれで十分だった。いや、十分すぎるほどだった。

たった一滴の蜜がたった一人に届いた。

その事実だけで澪の世界は少し広がった。

窓の外では夜が静かに深まっていた。

部屋の中には百合の香りが満ちている。

澪は目を閉じた。

明日からも急に何かが変わるわけではないだろう。

職場へ行き、いつもの仕事をして、いつもの道を帰る。

しかし、もう同じではなかった。

澪の中には言葉という蜜がある。

それはまだ小さく、頼りなく、ほんの一滴かもしれない。

けれど確かに誰かに届いた。

その夜、澪は静かに眠った。

夢の中で白い百合が咲いている。

その花の奥には、誰にも見えない小さな蜜が月の光を受けて静かに輝いていた。

あとがき

第五話では、澪が初めて自分の中にある“蜜”を言葉として外へ出しました。

これまで澪は、本を読み、誰かの言葉に救われる側でした。

けれど今回は、自分の痛みや静けさを自分自身の言葉へ変えました。

そしてそれを、誰にも教えていない小さな読書ブログへそっと置いてみました。

この「そっと置いてみる」という感覚が、とても大切です。

いきなり大勢に見つけられようとしなくていい。完璧な言葉にしようとしなくていい。

まずは自分の中にあるものを、自分の外へ出してみる。

花が蜜を抱えたまま閉じこもるのではなく、ほんの少し外の空気に触れさせるように。

それだけで人生は少し変わり始めます。

花人にとっての蜜とは、ただ甘く、明るく、分かりやすいものだけではありません。

傷ついた経験。言えなかった本音。ひとりで抱えてきた孤独。

うまく笑えなかった時間。誰にも見せなかった感性。

そういうものが時間をかけて熟した時、その人だけの蜜になります。

澪は職場で言われた何気ない一言に傷つきました。

けれどその痛みをただ恨みや自己否定で終わらせなかった。

「私はぼんやりしているのではなく、人より少し長く感じているだけなのかもしれない。」

そうやって自分の感性を自分の言葉で受け取り直しました。これは花人にとってとても大切なことです。

誰かの何気ない評価で自分の美しさを奪わせないこと。

そして痛みをそのまま腐らせず、美へ、言葉へ、蜜へ変えていくこと。

今回、澪の言葉はすぐには誰にも届きませんでした。

投稿した夜には何も起こらない。翌朝も通知はない。

読まれたら怖い。しかし誰にも読まれないのも少し寂しい。その矛盾もまた、何かを外へ出した人だけが知る感情です。

けれど数日後、小さな拍手がひとつ届きました。

さらにその後、短いコメントがひとつ届きました。

大きな反応ではありません。けれど花人の世界では、数の多さよりも蜜の濃さが大切です。

誰にでも薄く広がる言葉ではなく、たった一人の胸に深く落ちる言葉。

それこそが花人の蜜なのだと思います。

貴女の中にも、まだ外へ出していない言葉はありませんか。

恥ずかしくて隠してきた感性。

大げさだと思われそうで飲み込んできた本音。

誰にも分かってもらえないと思って自分の中に閉じ込めてきた美しさ。

それはもしかすると、誰かに届く蜜かもしれません。

花は自分の蜜を説明しません。

ただ静かに育て、ふさわしい時に差し出します。

貴女の中にある言葉も、いつか誰かの心を、ほんの少し潤すかもしれません。

次回、Season2 最終話。

「蜜は、誰かに届く」

 

  • 昨年よりセミナー・セッション内容の流用や改変が大変増えております。従いまして2025年3月より、女性の魅力、色気、魔性、恋愛(誘惑方法)について発信(活動)している方のセミナー・セッション受講はご遠慮いただくようお願い申し上げます。

真島あみのセッション一覧はこちら→🌹

セミナー・セッションのお申し込みはこちらから

🌹・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・🌹

【あなたが本当に美しくなる方法】

1番人気の記事です。是非読んでみてください。

メッセージはこちらから↓