真島あみオフィシャルブログ
21世紀的魔女論

すべての涙に意味がある〜私が色気専門家になった理由〜


こんにちは、8月に名古屋のセミナーに参加したものです。
レオパードゲッコーと水族館の深海魚のおみやげをみせて頂きました(^ ^)

そのセミナーで、あみさんの経歴。。生まれてからの記憶を少し話されていました。

わたしはセミナーもですが、その内容が忘れられなくて、何度もそのことを思いだしていました。

何故かよく考えると、わたしにもあてはまることだったということに気づきました。

わたしのなかったことにしていた過去と似ているからでは?ということにやっと気づきました。

幼い頃に 男の子に性的なイタズラをうけた。
わたしの場合は、怖かったもありましたが、強がって何度でも、許した。
こらくらい平気!と
それから、そうすると喜ばれるんだ、みんな好きなんだ と思っていた。

があてはまり、今までの人生の中でわたしの自己犠牲精神や、男性に対しての思いこみに すごく絡んできていると思いました。
何度も繰り返している、自分を犠牲にする体験に、本気で向き合う時と思っています。

あみさんの色気の分野からそれてしまう話題かもしれませんが、そういった、過去や自分の苦しくなるループからどの様に自分を大切にし、相手や広く世の中の人に与える人になられたかに興味がわきます。

まずは自分の過去の穴をみつけ、埋まらなくても そこから生まれた 自分を苦しめる思いこみを緩めることを はじめたいと思いメッセージさせてもらいました。

マイナスをプラスに変えられ、強烈に輝きを増されているあみさんに何かアドバイスをもらえたら嬉しいです。。。

 

ありがとうございます。

辛い思いをさせてしまいましたね。

 

最近、私の過去のことや、なぜこの仕事を始めたのか?というご質問を多々いただくようになりました。

私もそろそろ、皆様にお伝えする時期かな?と感じていたので、このご質問をいただいたのを機に、私がなぜ色気を研究するようになったのかということを、少し書かせていただきたいと思います。

 

私の過去のお話に、お付き合いください。

嫌な気分になったり、同じような経験をされた方は、傷口に塩を塗られるような痛みを感じるかもしれません。

それでも、お伝えしたいです。

 

 

 

 

 

私の人生初めての記憶。

それは、隣の家の男の子に身体中を舐められているという記憶でした。

3、4歳くらいだと思います。

隣ということもあり、親同士が仲が良かったので、毎日のように一緒にいた(いざるを得なかった)少し年上の男の子。

彼の家の押入れの中に入れられ、全裸にされて身体中を舐められる。

まだ無知で、それがどんなことなのか理解していませんでしたが、“気持ち悪い”そして“恥ずかしいこと”というのは感じていました。

小さいと言っても、やはり相手は男の子。抵抗しても無駄で、ただされるがまま。

親にも言えず、ただ毎日繰り返される気持ち悪い行為に耐える日々が続きました。

 

引越しが決まったときは、すごく嬉しかったです。

彼から解放される。

幼いながらに、「助かった」と心から思いました。

 

引越しをし、小学生になりましたが、悪夢は終わりませんでした。

同じように、同級生の男の子、そして女の子からも“性的ないたずら”を受けるようになりました。

内容は、あまりにも生々しくて言えないのですが、私はいつも抵抗できず、されるがまま。

そんな弱い自分が情けなく、そして親への罪悪感から私は、過剰に体を洗うようになります。

血がにじむくらい。

そうしたら、綺麗になると思って。

 

実験台のように体を弄ばれる年月が過ぎ(今考えても、よく我慢したと思います…)、4年生になる年に、また引越しが決まりました。

3、4歳からの経験で、私は無意識に他人と距離を置くようになっていたのですが、新しい学校の同級生たちは、とても優しく接してくれました。

男の子も怖くない。嫌なこともされない。

やっと平和な学生生活を送れ、なんと5年生になった頃、好きな男の子ができたのです。

人間不信だった私にとって、これほど嬉しいことはありませんでした。

 

小学4年生から平和に過ごすことができ、過去の痛みも徐々に薄れていたのですが、、

中学1年の夏、顧問の先生(水泳部)が強制わいせつで逮捕されてしまいました。

そこでまた思い出す、過去の痛い思い出たち。

大好きだった水泳が汚された気がして、気持ち悪くて、私は水泳部をやめ、美術部に入部します。

 

この経験からまたざわざわと、胸が騒ぎ出します。

同級生が性的な会話をしているのを耳にしただけで、吐き気を催すようになりました。

そんな私を嘲笑うかのように、問題は起きます。

中学2年生になった頃、同級生の男の子(Aくん)が、私の性的な噂を流し出したのです。

もちろん全くの嘘だったのですが、噂はあっという間に広がりました。

私はあまりの気持ち悪さと恥ずかしさで学校を休むようになり、理由を知った母が、学校に乗り込みます。

そこでゴタゴタがあったらしく、(先生たちは、私がAくんをたぶらかしたと考えたようです。)親と学校がケンカ状態となり、私は約半年間学校を休みました。登校拒否というやつですね。

母は毎日泣いていました。

父は何も言いません。それがとても辛かった。

 

私はこのまま引きこもって、人生を終えるのだろうか?

毎日を絶望の中で過ごし、なんの幸せも感じないまま死ぬの?

私は何のために生まれてきた?

毎日毎日そんなことを考え、親への罪悪感から、私はまた体を過剰に洗うようになりました。

 

しかしそんな状況も、友人たちのおかげで半年で終わります。

「私たちが守ってあげるから!」と励ましてくれ、私は学校に行く決意をしたのです。

登校した日の緊張感は、今でも忘れられません。

同級生たちの「真島さんだ!」という目線、先生たちの目線、そして、Aくんの存在。

私が人生で初めて、勇気を振り絞った日…。

生きた心地がしない、いや、本当の意味で“自分を生きた”日でした。

怖かったけど、とても嬉しかったです。

 

 

しかし、そこから私の人格は崩れていきます。

生まれてからこれまでの経験で、私は完全に男性を悪と捉え、復讐しなければと思うようになったのです。

そうしなければ、心が耐えられなくて。

女性が男性に勝つためにはどうしたらいいのか?

お金もないし力もない。

 

そうか、性的魅力だ。

 

とても安易ですが、10代の私は、性的魅力で男性に勝とうと考えました。

そこから、私の色気(エロ気)研究がはじまったのです。

 

男性を自分の色気(エロ気)で夢中にし、ボロボロにして捨てる。

男性が泣いたり、傷付いている姿をみて、「ざまあみろ」と笑う。

それが私の復讐方法だったのです。

まだ10代でしたが、様々な男性と付き合って傷付けるという行為を繰り返しました。

しかし、その復讐方法がすっきりしたのも最初の方だけで、どんどんどんどん、辛くなってきたのです。

 

男性を傷付け、別れたあと、どうしようもない虚しさと寂しさが襲ってきて、泣きたくなります。

私の方が傷付けているはずなのに、別れた後は、私も刀でズタズタにされるような痛みを感じるのです。

復讐のはずなのに、全然すっきりしない。

むしろ、どんどん辛くなる。

 

ある日の午前2時、男性と別れ、実家までの道をトボトボ歩いている途中、私は気付きました。

「これは自傷行為だ」

復讐でもなんでもない。ただ自分を傷付けているだけ。

そう気が付いた瞬間、私は膝から崩れ落ち、夜中だというのに大声で泣き出してしまいました。

 

神様という存在がいるとするなら、私に教えてくれたのだと思います。

「そろそろ、楽になっていいんだよ。」と。

 

それから私は、少しずつですが変わっていきました。

まず、今まで男性の悪い部分ばかり見てきましたが、いい部分を探すようにしました。

過去のことも思い出し、そういえば、男の子に救われたこともたくさんあったなと。

「小学4年生の頃からの同級生たちはとても優しかった。一度もいたずらされなかった。」

「◯◯君は、体育の授業のとき、ドッジボールの玉が当たりそうな私を助けてくれた。」

「◯◯君は、私の好きな歌手のcdを貸してくれた。」

「◯◯君は、私のことが好きだと、わざわざ手紙を書いてくれた。」

など、なんでもないことだけれど、愛に包まれた瞬間は確かにあったのです。

 

今まで男性は汚い存在だと思っていた。

だけど、それは違う。

男性にも、愛は確かにあるんだ。

美しい存在なんだ。

そう、思えるようになってきたのです。

 

それから私は色気について真剣に研究するようになります。

今まで自分が出していたのはエロ気だということ。男性といい関係を築くためにはどうしたらいいのか?ということ。

そうして研究していくうちに、私は確信したのです。

 

上質な色気こそ、女性を幸せにする

 

と。

 

生まれてからの辛い経験は、それを世の女性たちに伝えるために、しないといけないことだったのでは?

そう感じたのです。

周りの方から見たらマイナスな経験かもしれませんが、私にとっては、最高の経験。

今まで流したすべての涙に、意味があったのです。

私が色気を研究することになったのは、必然だった。

だから今は、過去に対して「ありがとう」です。

 

 

言いたいことはたくさんありますが、今辛い経験の最中だという方、私と同じような経験をされた方、過去にとらわれている方、まずは、それに耐えた(耐えている)自分を愛してあげてください。

受けた傷、そして罪悪感もすべて、ただ、受け止めてあげて下さい。

無理に許す必要はありません。

ただ、自分を抱きしめて。

今の感情を否定することなく、“ありのまま”を受け入れてください。

それが、自分を愛するということなのです。

 

愛せない状況にあるとき、私たちは心身ともに苦痛を感じるのです。

私たちは、常に愛を感じていたい存在。

どんなことがあっても、自分、そして男性を愛したいし、愛されたいのです。

 

すべての出来事に意味があります。

それがどんなに辛いことでも、幸せへの道なのです。

絶対大丈夫だから、あなたは、自分を罰することなく、ただ愛してあげてください。

 

 

 

 

過去の経験を伝えるかどうかずっと迷っていましたが、よかった。

とてもすっきりしています。

 

これを書きながら喜びの涙を流している自分を、誇りに思います。