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この夏に母親になったわけですが、
これまで自分の時間に合わせて眠ることも、好きなときに食事をすることも、ゆっくりお風呂に入ることも当たり前のようにできていたけれど、今は小さな泣き声が聞こえれば何をしていても一度手を止める毎日です。
これまで自分ひとりのものだった時間も、身体も、暮らしも、小さな命を中心に大きく組み替えられていく。
母親になるというのは想像していた以上に人生の季節が大きく変わることなのだと感じています。
私の世界を愛してくださっている方には様々な背景をお持ちの方がいらっしゃいます。
私が母親になったことで「これから花人はママのための場所になるのかな。」「自分とは違う世界になってしまうのかな。」 そんな風に感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、実際に母親になった今、私はむしろ以前より強く思うようになりました。
母親になっても私は花人として生きられる。
そして同時に、母親であってもなくても女性は誰でも花人として生きられる。
ということを。
根を張り、自分を潤し、光を浴び、自分だけの色で咲き、自分だけの香りを放つ。
その生き方は結婚した瞬間に終わるものでも、母親になった瞬間に終わるものでもない。
人生の季節が変わっても、私という花そのものが別の何かになるわけではないのです。
花は咲き、香りを放ち、蜜をつくり、誰かと出逢い、やがて実を結び、その中に種を宿すことがあります。 そしてその種はまた新しい命として芽吹いていく。
私にとって今回母親になるということは、ヲンナという花を終えることではなく、私という生命に訪れた新しい季節でした。
しかしここでひとつとても大切なことをお伝えしたい。
私は今、母親になった自分の立場からこの文章を書いているけれど、母になることが女性としての「完成」だとはまったく思っていません。
子どもを産む人生もある。産まない人生もある。望んでいてもさまざまな理由で産めないこともある。
そしてそのどれかが女性として上でも下でもない。
植物の世界を見ても、すべての生命が同じ方法で次へつながっていくわけではありません。
種でつながるものもあれば球根や地下茎から新しい生命を広げていくものもある。
胞子でつながる植物もある。
ひとつひとつ生き方も、増え方も、巡り方も違う。
花は誰かのために実を結ばなくてもそこに咲き、光を受け、香りを放ち、その場所の世界と関わりながら生きている。
女性も同じです。
何かを産むということは必ずしも「子どもを産む」ということだけではありません。
言葉を生む人もいる。作品を生む人もいる。 仕事を生む人もいる。誰かとの関係を育てる人もいる。
新しい生き方をこの世界に残していく人もいる。
そしてもちろん何かを生み出さなければ価値があるわけでもありません。
ただ自分という生命を生きる。それだけでもひとつの花の一生として十分すぎるのです。
それぞれの女性にそれぞれの季節があり、それぞれの咲き方があり、それぞれの生命の巡らせ方がある。
私にとって今回たまたま母になるという季節が訪れた。 ただそれだけです。
そして実際にその季節を迎えてみて改めて気づいたことがあります。
それは誰かを愛することと自分を失うことは同じではないということ。
母親になるとどうしても自分を後回しにする瞬間が増えます。
眠りたいけど泣いているから起きる。 ご飯を食べようと思ったらちょうど目を覚ます。 今日は何もできなかったな、と思いながら一日が終わることもある。 今までのようにはできないことだってたくさんあります。
しかし「今はあなたを優先するね」と「私はもうどうでもいい」は、まったく違う。
花人として大切にしてきたのは、いつでも自分だけを最優先することではありません。
自分という生命を雑に扱わないこと。 眠れるときには眠る。
食べられるときにはちゃんと自分の身体に栄養を与える。 好きな香りを纏う。
鏡の前でほんの少し自分を整える。 花を飾る。 好きなものを好きだと言う。
やりたい仕事を今の自分にできる形へ変えながら続けていく。 夫婦で笑う。
そしてヲンナである自分を「母親」という役割の奥に閉じ込めない。
それだけでも私はちゃんと私という花に水を与えていることになります。
花が蜜をつくるためには根から水を吸い、葉で光を受け取り、生命を巡らせなければなりません。
空っぽの花から蜜は生まれない。 だから誰かを愛する立場になったときほど、自分を潤すことを忘れてはいけないのです。
それは母親のわがままではなく愛を循環させるための営み。
そしてこれは母親だけの話ではありません。
恋人を愛するときも、夫を愛するときも、家族を愛するときも、仕事に情熱を注ぐときも、誰かのために頑張るときも同じ。
誰かを愛するために自分を枯らす必要はない。
誰かの人生を大切にするために、自分の人生を小さくする必要もない。
私は母親になったことで、花人としてずっと伝えてきたことを別の角度から体験し始めているのだと思います。
そしてもうひとつ。
母親になったからといって、ヲンナが消えるわけではありません。
母である私。妻である私。仕事をする私。
美しいものにときめく私。誰かに愛されたい私。 ひとりになりたい私。
夢を叶えたい私。色気を纏う私。くだらないことで笑う私。
全部私です。
母親になったというのはそれまでの私が消えて「母」という人間に生まれ変わったのではなく、私という花に新しい生命の営みがひとつ加わっただけ。
だから私は母親になってもヲンナであることをやめたくありません。
美しいものにときめきたい。 好きな服を着たい。香りを纏いたい。 仕事もしたい。
文章も書きたい。夢も叶えたい。 そして自分だけの色と香りをこれからもこの世界に放っていたい。
それは母親らしくないことではなく、娘に見せたいひとりの女性の生き方でもあります。
私は子どもに何かを教えるより先に、自分を枯らさずに生きる姿を見せたい。
「あなたのためにお母さんはたくさんのものを諦めた。」ではなく、 娘が大きくなったとき、「あなたが生まれて、お母さんの人生には知らなかった季節が増えたよ。」と伝えられる女性でいたいのです。
花人はずっと満開でいる女性のことではありません。
咲けない日もある。 水をやるだけで精一杯の日もある。 髪はボサボサ。部屋も散らかっている。
一日中パジャマで「今日私は何をしたんだろう」と思う日だってある。
しかし植物も一年中花を咲かせているわけではありません。
芽吹くときがあり、咲くときがあり、実を育てるときがあり、葉を落とすときがあり、土の中で静かに力を蓄えるときがある。 どの季節も植物にとっては立派な「生きている時間」です。
だったら私たちも、咲けない時期を失敗だと思わなくていい。
今の私はひとつの小さな生命を育てながら、私自身もまたこれまでとは違う根を張り直している途中なのだと思います。
そしていつか、今までとは違う花が咲く。
母になる前には知らなかった色。 母になる前には持っていなかった香り。 母になる前にはつくれなかった蜜。
それを持った私がまた咲いていく。
私はそれを楽しみにしています。
そして最後に。
私はこれから母親として経験したことをこの場所で書くこともあるかもしれません。
しかしこの花人の世界を〈母親のための場所〉に変えたいわけではありません。
私がこれからもずっと見つめ続けたいのは、母親というひとつの役割ではなくひとりの女性が自分という生命をどう生きていくかということです。
恋をしている女性も。ひとりを楽しんでいる女性も。
結婚している女性も。結婚しない女性も。
子どもを育てている女性も。子どもを持たない人生を歩む女性も。
これから何者になるのかまだ分からない女性も。
人生の季節は違っても、私たちはみんな自分という一輪の花を生きている。
私自身に新しい季節が訪れた今だからこそ、これまで以上にいろんな季節を生きる女性たちのための【花人】を育てていきたいと思っています。
花人とは、ある特定の人生を選んだ女性の呼び名ではありません。
結婚しているから花人なのでもない。
愛されているから花人なのでもない。
仕事で成功しているから花人なのでもない。
自分の生命に根を張り、自分を潤し、自分の色と香りを失わずに「私は私という花を生きる」と決めた女性のこと。
人生のどんな季節にいても、私たちは何度だって新しい自分として咲いていける。
だから私はこれからも花人として生きます。
ひとりのヲンナとして。 そして私という一輪の花として。
母になることは花人を卒業することではなかった。
私にとってそれは新しい季節のはじまりでした。
そしてこの新しい季節から見える景色を、これからまた皆様と一緒にこの世界に咲かせていけたらと思っています。

アーカイブ配信 9月25日(金)〜10月11日(日)
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